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店主コラム

2013年12月20日

2013年暮れに思う

「利休にたずねよ」という映画が封切りされたので観にいってきました。
“利休”を海老蔵さんが、その妻“宗恩”を中谷美紀さんが、師匠の“紹鷗”を団十郎さんが好演されていて、なかなか見応えのある内容でした。
特に、利休が紹鷗に叱られているシーンは、団十郎さんと海老蔵さん親子の愛情のようなものが感じられて印象に残りました。

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利休にたずねよ

貴船と利休の関わりといえば、利休の美意識の象徴でもある“黒茶碗”が“貴船石”から出来ている、という事が知られています。
それは貴船にとって、とても誇らしい事実です。
映画の中に、利休と柄本明さんが演じる長次郎が出会うシーンがありますが、この2人が貴船川を歩いて、貴船石を拾わはったんかな?などと想像を巡らせながら、楽しませて頂きました。

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当家の”樂”黒茶碗(黒い部分が貴船石)

映画は利休が切腹した1591年の時点で終わりますが、それからどうなったのかが気になります。
その後は“少庵”が利休の後を継いで、見事に千家の再興を果たしたことは良く知られた話ですが、少庵が45歳であった時の利休切腹は、千家にとっても相続か断絶かの一大危機でした。
利休切腹後、さまざまな噂が流れました。“利休の妻女が蛇攻めの刑に処された”などという荒唐無稽な話まででっちあげられたそうです。
千家にとって一番大きな心配事は、処罰が利休一人にとどまるのか? 一族に及ぶのか? もし及ぶとしたらどのような罰が課せられるのか? という事でした。
(古田織部切腹の際は、時代も罪状も異なりますが、一族皆殺しという厳しいものでした。)
結果的に、少庵は京都から所払いとなり、会津の蒲生氏郷に匿まわれ、3年後には家康と氏郷の連名による“少庵召出状”によって自由の身となります。

今年(2013年)は少庵の四百年忌にあたります。
少庵は利休の後妻である宋恩の連れ子で、1546年に生まれ1614年に69歳で没しました。実父は能の小太鼓の宮王三入です。
少庵は利休が側妻の“おちょう”に産ませた“かめ”と結婚して、千家の婿養子となります。
利休には先妻“たえ”との間にできた長男の“道安”が居ましたが、少庵と道安は同い年でした。

利休は2人の息子の“茶人としての才能”を試すようなこともしていたようです。
節のある竹で作られた蓋置きと、節の無い竹でつくられた蓋置きを並べて、どちらを選ぶか? と2人に聞くと、道安は節のある方を選び、少庵は節の無い方を選びました。
節のある竹を大胆に用いるところに利休の詫びの美学を見出す向きが多い中で、少庵の選択は挑戦的であるとも言えます。(現在は蓋置きの真ん中に節の有るものを冬の“炉”用に、節が上端にあるものを夏の“風炉”用として使う習いになっています)
この他にも、少庵はいろいろと利休の教えの逆をいく創意工夫を見せたそうです。
利休と少庵の親子関係をめぐるエピソードとして、少庵が小座敷の天井に突上げ窓を二つ開けた話が伝わっています。
これを見た利休は怒ったそうです。
「とんでもないことだ!!! ツバメが羽を広げたようで見ていられない!! すぐに塞ぎなさい!」
というので少庵はその日のうちに塞ぐと、利休は”これで良い!”と言いました。
ところがしばらくして少庵が利休の屋敷へ行ってみると、なんと利休の小座敷に突上げ窓が二つ開いていたそうです。
“どういうことですか!”と少庵が尋ねたところ、利休は“茶の湯の世界では親も子もない。自分が二つ開けるために、お前の方を塞がせたのだ” と答えたそうです。

茶人として、親子であってもお互いにライバルだから気を抜くな!という、厳しくも心温まる逸話だと思います。

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右源太の茶室
(大正7年築)

「少庵召出状」による再興後も、千家は明治維新や第二次世界大戦など、茶道の存続が危ぶまれるほどの、幾多の危機に瀕してきました。

第二次大戦時は当然乍ら誰もが生きる事に必死で、私の家でも陸軍中尉だった祖父がパラオで戦死し、その頃小学生だった父からは当時の大変さを聴いています。
私の父と同年代の養老孟司さんも小学校低学年で戦中戦後の食糧難を経験し、農家に着物を持っていって食料と物々交換するのが普通だったそうで、カボチャとサツマイモは今でもあえて食べない!そうです。
“なにしろ食べものがなかったのだから、伝統の味もクソもない”“あの状況では、茶道どころの騒ぎではない”(養老氏談)

幾多の苦難を乗り越えて、利久の道統は14代・四百数十年という時を経て現在も脈々と受け継がれています。
今年亡くなられた団十郎さんも、1660年生まれの初代から数えて12代目で、おそらく海老蔵さんが後を受け継いで行かれるのでしょう。

日本には多くの長寿企業が存在しています。ある統計によると全国124万社のうち、創業百年以上の会社が約2万社、このうち二百年以上が約1200社、三百年以上が約400社、500年以上が約30社、千年以上が7社とされています。
こんなに長寿企業があるとは驚きですが、もちろん日本はダントツで世界一です。
長寿企業の多くは伝統文化と共存して受け継がれてきました。

政変や戦争など困難な時代を乗り越えて、文化や事業を継承してこられた賢人諸兄のことを思うと大変感慨深く、畏敬の念を覚えると共に頭が下がります。

私達の願いは、「ゲストに“癒し”と“元気”を提供する
ことです。
先人の偉業を見習い、少しずつでも理想に向かって進みたい・・・
この想いをもって、もうすぐやってくる新年を迎えたいと思います。

2013年暮れ、利休居士と、千家流茶道入門以来23年間、不出来な私めに対して慈しみ深いご指導を賜り続ける我が師匠に敬意を表して・・・

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