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店主コラム

2011年12月28日

「2011年暮に想う」

 さる高名な茶人が茶室を新築し、お披露目のお茶を飲ませたいと思って仲の良いお坊さんを招くことにした。
しかし、約束の時間を過ぎてもお坊さんは来ない。
"困ったな〜。後の予定もつかえてんのに!"
"しゃあないな〜。来はったらまた明日にて言うといてんか!"と弟子にことづけて茶人は外出した。
遅刻したお坊さんは入れ違いにやって来た。茶人の伝言を聞いたお坊さんは、
"なんや、おらんのかいや!ちょっと、筆貸してくれ!"
お坊さんは真新しい茶室の、土壁を守るために貼ってある腰張りの紙に、「わしは遅刻するような怠け坊主やし、明日の約束なんか出来まへんがな!」
という意味の言葉を書きつけて帰ってしまった!!
 ただ事ではなさそうな様子だが、この物語は、用事を済ませて戻った茶人がその墨跡を見て激怒!!!という展開にはならない。また、ワガママな坊さんが逆ギレしてエラい事に!!というストーリーでもない。
 逆に茶人はそれを見て、一寸先は闇かも知れへん人生やのに、明日の約束を求めた自分を恥じた。そして直ちにお坊さんの寺へ向い、
「明日の命も分からん世の中やのに、大切な"今日"をおろそかに暮らしていた私は愚かモンでした。」という意味の歌を、自戒と感謝の気持ちを込めて詠んだという。
 後日、茶人は改めてお坊さんを招いて、
「いま貴方と巡り逢えた。明日の事は考えません」という意味の書を贈った。
これは今から362年前の、利休の孫"宗旦"(当時71歳)と、大徳寺の高僧"清巌"和尚(当時61歳)とのやり取りだ。実際に和尚が茶室に書き付けたのは「懈怠比丘不期明日」"けたいのびくあすをきせず"(懈怠=怠け者、比丘=僧侶)、宗旦が贈った書は“懈怠”を“邂逅”(巡り会う)と置き換えた「邂逅比丘不期明日」"かいこうのびくあすをきせず"、詠んだ歌は「今日今日といひてその日をくらしぬる あすの命は兎にも角にも」だった。

 例年、年末には茶道の稽古納めの茶事があって、師匠自らが懐石の膳を運んで下さり、茶事でもてなされる際の"客ぶり"の稽古をつけていただいている。先日の稽古納めの茶事で、師匠は宗旦が清巌和尚に贈った「邂逅比丘不期明日」の文字を記した掛軸を床に掛けられた。(通常年末には"千秋楽"や"無事"と書かれた軸を掛けることが多い)
 この軸を選んだ師匠の心情を想像する。
震災で被害に遭われた方々の御冥福と、被災地の一日も早い復興を、全国民が心から願って止まへん今の日本で、自分らはどうやって生きて行くべきなんか?
師匠は、それを教えようとしてくれたはるんやろか?

・・・昨日は永久に過去で、明日は永遠の未来・・・

 その日の稽古納めは、いつにも増して厳しい稽古やった。雷鳴の如く、師匠の叱咤の声が轟く。師匠はその一瞬一瞬を、真剣に稽古をつける事で、この掛け軸の意味を伝えてくれはったんやと思う。


    東北のみなさまへ

 この度の震災で被害に遭われた皆様には、店主従業員一同、心よりお見舞い申し上げます。当時、被災地の状況を、何も出来ない自分達をもどかしく思いながらテレビで見守るしかありませんでした。その極限の悪条件の中、食事の時には整然と並び、お年寄りや小さな子供のいる家族には率先して順を譲る、他人を思いやり、紳士的で礼儀正しい行動をとり続けておられた被災者の皆様の姿はまるで神様のように我々の目に映りました。

・・・人間が人間として生きていくのに一番大切なのは、頭の良し悪しではなく、心の良し悪しだ。・・・(中村天風の言葉)

 日々、お客様に喜んで頂けるような"最高レベルのホスピタリティ"を目指すことを生業としている私達にとって、東北の皆様に見せて頂いた「思いやりの心」こそがその原点だということに気付かせて頂きました。心より、御礼申し上げます。
同じ日本人として、皆様のことを誇りに思っています。
東北地方の一日も早い復興と、皆様にとって来年が良い年でありますよう祈念いたします

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師匠宅の玄関アプローチ
ここを通る時はいつも気が引き締まります。

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玄関を入ると手焙りの用意が。
これでかじかんだ手を暖めます。

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茶室に入ると、最初に掛け物を拝見します。
これが今日の茶事の主題です。

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