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店主コラム

2011年12月5日

「ホンモノの証明?!」

911テロから丁度10年目にあたる2011年の9月11日、私は3年振りのニューヨークに居た。敬愛する武藤順九さん(’09年3月のコラムを参照して下さい)が、’00年のバチカン公邸、’06年のブッダガヤ マハボディ寺院、’08年のワイオミング州デビルズタワーへの「風の環」(大理石の彫刻作品)献納に続いて、911テロで犠牲になった方々の慰霊と世界平和の願いを込めた、グラウンドゼロへの「CIRCLE WIND for NY911」(という名の彫刻作品)の献納に伴う式典に参列する為だ。

 前回来た時にはリーマンショックの余波に苦しむアメリカの姿を目の当たりにしたように感じた(’08年1月のコラムを参照して下さい)けど、景気後退期を脱した(らしい)今回は、テロに勝利した(ホンマかいな?)事も相まって、何やら得体の知れへん、凄いパワーを感じられて嬉しかった。
ニューヨークはやっぱり、こうやないとアカンな!

マンハッタンには世界中の民族がひしめきあっている。その中で、それぞれの民族が祖国のアイデンティティを誇りに思って、独自の文化を守り、異文化 どうしが共存している。常に自分とは違う価値観を持った人達と渡り合って生きているからか、街を普通に行き交う人々の文化力というか、人間力は恐ろしく高い。
例えば、アメリカのジャズクラブで良くある、素人飛び入りOKの日(素人バンドの喉自慢大会みたいな)に出演するフツーの人達のセッションのスゴさは、神戸の有名ジャズクラブで活躍しているプロが束でかかっても全然敵わへん、『何じゃあこりゃあ〜!!!』 の鳥肌もんレベル。
こういう素人さんがウヨウヨしているニューヨークやから、ここでプロとしてやっている人らは紛うことなく世界のトップクラスやし、本物中のホンモノなんは間違いない。

かつて、日本料理界トップクラスのK店さんも、和菓子界トップのT店さんも、ニューヨークからは撤退した。日本では最高ランクの両店をもってしても、コースの中にメインディッシュを持たない(日本人は煮物腕がメインやと思ってるけど、外人にとってソレはスープの一種やと感じてるんとちゃうかな?)元々は茶事の為の料理である懐石や、大半の欧米人が苦手としている"あんこ"を使った和菓子はニューヨーカーのお気には召さなかったと見える。
ところが、寿司は完全に定着した。(その源点である、鮒鮨なんかの“熟れ鮨”は多分敬遠されるやろうけど)
ラーメンは既にブームになってるようやし、京うどんのO店さんのニューヨーク支店はソーホー地区で長年ニューヨーカーに愛され続けている。日本人にとって本物である懐石や和菓子は認められんと、和製ファーストフードたる寿司(熟れ鮨に対して)や麺類はOKやというんでは残念な気もするけど、K店さんもT店さんも、本来のスタイルを崩してまで迎合するのはやめて、撤退を選んだんは正しいと思う。拘りを捨てて、ニーズに合わせてカタチを変えていたら、当然生き残ってはいけたやろうけど、それは長い目で見たらアカン事やと判断するのは京都的な見識やと思う。

絶対的な審美眼や文化度はニューヨークより京都の方が上(深さ、歴史ともに圧勝、ただしエンターテイメントの分野では完敗)やと思うし、パリも同等かそれ以上かも知れへん。
でも私としては、人種のルツボであるこの街での評価はグローバルスタンダード=世界標準レベルでのジャッジやという事を肝に命じておきたいと思う。そういう意味で、本物でないと通らんのがニューヨークであり、日本文化も日本人も、私個人も、一つ一つがホンモノかどうかが試されているようにも感じる。必然的に、自身が何処の誰で『ナンボのモンやねん!』ということを自問自答させられる。ニューヨーカーの皆さんも『私はどっから来て、何モンで、どこに行くんやろ〜』と無意識のうちに、日々気に掛けながら生きておられるんやと思う。ここに居ると、"世界の中の日本”、そして”自分は何者なん?!”がより見えてくるような気がする。

 右源太のインテリアの顔であるジョージ ナカシマとイサム ノグチ(’07年10月、11月、’08年3月のコラムを参照して下さい)はニューヨークで認められ、世界に通用する家具、彫刻、照明作家として認知された。
この街で受け入れられたら、それはホンモノの証明である。
我がUGENTA KIFUNE KYOTOも、世界ブランドを目指して、まずは化粧品部門から、ニューヨーク進出の準備を始めるとしよう。

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武藤順九さんと CIRCLE WIND for NY911(グラウンドゼロ近くのジャパンソサエティにて)

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右源太インテリアの顔 ジョージ ナカシマ家具(右源太洋室にて)

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イサム ノグチの照明(右源太和室にて)

オマケの話

 9月11日近辺のテロ対策警備は相当なもんやった。検問だらけでタクシーは身動きとれんし、私のミスから、ちょっとコワイ思いまでしてしまった。
ニューヨーク滞在中、半日時間が空いたので今まで行ったことのなかった自由の女神像があるエリス島に行こうと思い、バッテリーパークに向かった。そこからフェリーに乗るんやけど、乗船前には飛行機と同様にセキュリティチェックを受けなければならない。
しもうた・・・いつも身につけている"アレ"を持ったままや・・・
地元の猟師に伝わる風習では、山に入る時、イケズな山の神から身を守るために刃物を持ち歩く。私は常時、一番小さなビクトリノックス製のアーミーナイフを携帯している。
検査員にダメもとで、『コレ、預かっといてえな!』と頼んだところ、『ナイフ没収or家に帰れ』と言われてしまった。仕方がないので係員に付き添われてラインから外れ、パーク内のトイレに入って考えた。『よっしゃ、これ、トイレに隠しとこう!』
絶対に見つかりっこない場所を探してナイフを隠し、もう一度セキュリティチェックの列に割り込んで、検査をパスして乗船を果たした。動き出した船の横には、船首に機関銃!を備えた警備艇がこちらを監視しながら並走している。
観光客を装ったテロリストを警戒しているんやとは思うが、私を含めた乗客達は珍しいもんが見れて得した気分。
無事エリス島に到着して、気分良く自由の女神像観光を楽しんだ後、バッテリパークに戻り、いそいそと件のトイレに近づくと・・・
何故かその周囲は黄色いテープで囲まれていた。しばらく見守っていたが時間もないので、周りを見渡し、結界を跨いで入って行き、隠し場所からナイフを見つけた。
あった!しめしめ、と思ったその時、後ろから『◯×△□☆!!!』と怒鳴り声が!
振り向くと警官が、今にも掴みかかって来そうな勢いでこちらを睨みつけている。『それを渡せ!』と言われ、仕方なくナイフを渡した。
結局、そのナイフを持ち帰ることは出来なかった。バッテリーパーク内に武器?を持ち込む事自体が違法だったのだ。『頼むし返してえなあっ!』と粘って見たが、『なんやったらポリスオフィスに来るか〜』と脅されて諦めた。
それにしても、何でナイフを隠したことがわかったんやろう?
誰にも見られてへんかったし、掃除のおばさんにも見つけられへんやろうし、金属に囲まれた場所に隠したから金属探知期にも反応せえへんやろうし・・・
やっぱり、監視カメラなんやろうか!?
ニューヨーク、なめたらあきまへんで!!!

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機関銃装備の警戒艇。ご苦労様です!

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厳重な警戒。タイムズスクエアのサインにも『忘れんなよ!”911”』

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丸腰?では不安なので没収後すぐさま新しいナイフを買いに走って手に入れたのがコレ。今でも常時携帯しています。

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