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店主コラム

2009年7月28日

「一座建立」

「飛び石のしめり加減や初しぐれ」
早朝の鷹ケ峰、光悦寺の門を潜り敷石を確かめながらゆっくりと進む。
したたるような木々の葉色はいっそう鮮やかだ。
夏の苔は新芽を吹いて、参道を通る風にも緑の香りがただよう。

深呼吸…

有難い事に今夏も師匠から朝茶に招いて頂くことができた。
普段の稽古を疎かにしていたものだから、省かれるのではと心配していたのだ。

葭障子と籐むしろで夏の仕立てに替えられた寄付で白湯の代わりに冷たい梅酒を頂き、露地草履を履いて露地へ降りる。
ここへ出た瞬間、どこか知らない遠くに来た気持ちになる。
この庭は建物から見るのと違って、木々に覆われた内側はまるで巨大迷路のようだ。
飛び石を頼りに進むと、外腰掛けや中潜りが見え隠れする。
聞こえるのは着物の擦れる音と鳥のさえずり位だ。

自分がどこに、いつの時代にいるのかも解らなくなる…

「ザッ、ザッ…」木々に遮られて見えはしないが、すぐ傍にある筈のにじり口から亭主が白鳥の羽根で茶室を掃き清めている音が聞こえる。
「ジャバッ、ジャバッ、ザーッ…」今度は蹲の水を改めている音だ。

程なく、中潜りの前で亭主の迎え付けを受ける。うずくまったまま、挨拶は交わさない。
この雰囲気では言葉など不要なのだ。しゃがんで礼をされる師匠の姿を見て、胸に熱いものがこみ上げてくる…

中潜りをくぐると、また別の世界へ足を踏み入れた気分だ。
嬉しいことに小雨が降ってきた。用意された露地笠を使い、蹲で手と口を清める。
突然、20年近く前、習いを始めたばかりの頃、年末の終い稽古の茶事で大雪が降って、数十センチの積雪のなか、この露地を歩いた時の記憶が蘇ってきた。
しんしんと雪が降り続くなか、あまりの雪景色の美しさに「お茶ってこんなに面白いもんなんやっ!!」と感激した事を…
あれから時が経ち、師匠は傘寿を迎えられ、私は何も成長できないまま46歳になった。
あの日の掛け軸は、「雪中に友を待つ」やったっけ…

そんな事を思いながら、にじり口から茶室に入る。
ここで初めて、言葉で亭主と挨拶を交わす。和やかに茶事が始まる。
しかし、上手い客振りを演じる事は非常に難しい。
亭主のもてなしの心を理解し、感動をうまく言葉にしなければいけない。KYは決して許されないのだ。
これは、私にとっては極度の緊張を伴う事だ。豊かな感性と経験、それとコメント力が要求される。
師匠について、物心ついてからの人生の半分程が経つというのに、まるで解らない事だらけだ。幾つになっても叱られるし、自己嫌悪に陥る時もある。
逆説的だが、自分で釜を懸ける時の方が開き直れる分だけ楽なくらいだ。

深三畳台目に設えられたこの茶室は、亭主と客の間で一座建立を演じるための場だ。
能では、演者と観客の一体となった時間と空間の総和の事をそう言うらしいが、客振りが悪ければ、せっかくの亭主のもてなしが理解できず、残念な事になってしまう。
今回は、正客・連客ともに素晴らしい方々で、おかげさまで私も主客一座建立の場に立ち会う事ができた。とても嬉しい。あの大雪の茶事のように、一生忘れない。

私も頑張って、良い客振りが出来るように頑張ろう。
いつの日か、師匠に認めてもらえるような茶人になりたい。
この朝茶のような、かけがえのない一期一会を目指して。

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露地へ降りると…

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中潜りの向こうは…

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茶室をあとに

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