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店主コラム

2009年 2月2日

「セドナVS気生根 (その4)」

大正13年、湯布院温泉を訪れた林学博士・本田精六氏は、旅館・亀の井別荘の主人・中谷巳次郎氏に、「ドイツに学べ」「ドイツの滞在型保養温泉を目指せ」と言われたそうな・・・
「よし、目指そうッ!!」ドイツなんか見たこともない湯布院の人達はたちどころに賛同し、その覚悟を一冊の冊子「湯布院温泉発展策」にまとめた。
 巳次郎氏の孫にあたる、現・亀の井別荘社長・中谷健太郎氏らは、1971年、ドイツのバーデン地方へ視察旅行に行っている。

80年代、自然環境の保全と、それに依拠した新しい観光地作りの運動を展開し、歓楽型・団体旅行型とは異なった、滞在保養型の、特異な温泉観光地として一大ブームを巻き起こし、一世を風靡した「湯布院」が誕生した背景には、このような、大正時代からの明確なビジョンがあったのだ。

そんな湯布院は、私の憧れであり、目標であった。健太郎氏の奥方の実家である旅館・玉の湯には、私のゴッドファーザー「C.W.二コル師匠」の「二コルズ バー」まであるし・・・
 私にとって「貴船ギャラリー」は、亀の井別荘の敷地内にある、西国土産「鍵屋」(当時はもっとギャラリー色が強かったと思う)であり、「貴船倶楽部」は、同じく亀の井にある盆地料理・珈琲「湯の岳庵・天井桟敷」だった。

88年、タイのプーケットに最初のアマンリゾート「アマンプリ」がオープンした。意識の高い人たちから絶賛される、バリ島の「アマンダリ」を訪れた時、アマンは私の新たな憧れの対象になり、目標になった。右源太の宿泊客室がメゾネットなのは、アマンダリのDXスイートに影響を受けたものだ。

90年代末、C.W.二コル先生に出会い、「アファンの森」を自力で再生された事に感銘を受けた。私の茶道の師匠と同様に、最も尊敬できる人にめぐり合えたおかげで、貴船の自然環境をもっと良くしなければいかん!と気づかせて頂けた。

何で今さらこんな事を書いているのかというと、「セドナ」は、私が過去に大きな影響を受けた、湯布院・アマン・アファン並みにインパクトが大きかったからだ。冗談半分に、パワースポット対決や!!と面白がって行ってみたら、すっかりハマってしまった。感化されやすい私は、早速「貴船香」というブランドでアロマの開発に取り掛かり、「エステサービス」を開始し、「気生根パワーストーン」や、ハーブティー&アーユルベーダ(インドの薬草茶)、そして写詩(写経の神道版)の準備に取り掛かっている。そして何より、貴船(気生根)は昔からパワースポットとして、ここを訪れる人々に癒しを与えて来たことを再認識するきっかけになった。

私は誓う。貴船を日本のセドナにする。セドナとスタイルは違うけど、気力を生ませる根源の地として、それにふさわしい観光地を目指すのだ。それでいいのだ。それが証拠に、今ここ「気生根」でこれを書いていると、気力がどんどん生まれてきているのだから!!!

写真1

「亀の井別荘」「玉の湯」と並ぶ、湯布院御三家のひとつ「無量塔」が出来て間もない頃。
施設を見学させて頂こうとバイクで訪れたら、「空室が出たから泊まっていいよ!」と言われて滞在させてもらった。
着ているのは作務衣風の室内着。

写真2

バリ島「アマンダリ」のDXスイート。建物の真ん中に螺旋階段があって、 1階の階段より奥は露天風呂と手洗いと洗面室、2階は寝室になっている。 ルームサービスを頼んでも、プライバシーは完璧に守られる優れた設計。

写真3

C.W.二コル師匠とアファンの森。私が最も尊敬するゴッドファーザー。

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