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店主コラム

2007年 11月 8日

「ダブル・イサム」

「なんか、寂れた感じやなあ・・・」
クイーンズ駅に近づくと、まだ昼過ぎというのに、商店のシャッターは殆ど閉められていた。カタコトの英語で、駅員に訪ねる。「ドゥ ユウ ノウ フェア イズ ミュージアム オブ イサム・ノグチ?」
「?」「アイ ドン ノウ」
・・・「いけずな駅員やなあ。まあええわ、タクシーで行こ。」
しかし、イエローキャブを3台捕まえても、休憩中だったパトカーのお巡りさんに聞いても、YMCAの事務員も、その辺歩いてるおっさんも、みんな知らないと言う・・・
第一、 開いているお店も無いし、もう聞ける人おれへんがな・・・
まいった・・・簡単に見つかると思って、住所やら電話番号を書いたメモをどこにしまったか解らないまま、ここまで来てしまった。

(前回のコラムで、高松のナカシマとノグチのアトリエに、14年ぶりに行ったことを書きましたが、その印象があまりにも強烈だったため、ペンシルバニア州のニューホープにあるナカシマと、ニューヨーク州のロングアイランドシティーにあるノグチのアトリエを、これも14年ぶりに再訪しようと決心して、10月初旬に渡米したのでした。)

「アカン・・・一旦インターネットの出来るところで、所在を調べ直そう・・・」
意気消沈してタクシーに乗り込んだ。浅黒い肌の年配のドライバーも、ノグチは知らないというので、マンハッタンへ行って下さいと伝えた。
「アー ユウ ジャパニーズ?」
そうですと答えると、「わしは昔ヨコハマにいた。これがそのときの彼女じゃ。」と言って古ぼけた白黒写真を見せてくれた。若かりし軍服姿の彼と、日本人の彼女のツーショットだった。他にも、大砲の弾を抱えて得意げにポーズを決めた写真等も見せられて、オキュパイド・ジャパンとしてはちょっと気分が重たくなったけど、「おっちゃんハンサムやんか・・・」とか適当に褒めて、和気藹々と話していたら、上着からメモが落ちた。
「住所わかった!ここ、ここ知ってる?」
「OK、近くまで行って探そう・・・」Uターンして目的地に向かう。この辺やなあと言いながらノロノロと進むが、私も14年前の記憶があいまいでイライラする。
「あった!あった!」やっとたどり着いた。するとおっちゃん「ここ、一ヶ月前にも着たことあるわ・・・」
心の中で「ええかげんにせえよ!」と思いながらも笑顔で礼を言って車を降りた。
14年ぶりの感動の一瞬!!と期待して中に入ると、ちょっとした違和感を感じた。
なんと、剣持勇とのダブル・イサム展を開催していたのだ。
1950年、丹下健三指揮のもと、慶應義塾大学校舎建築のインテリアと彫刻制作のために来日していたノグチがスケッチを描き、剣持が製図を担当した幻のイスを、今回特別に復元していたのだ。粋な事をやってくれるやないか!!

バンブー・チェア

今回の企画のために復元された
「バンブー・チェア」

ラタン・チェア

剣持勇の代表作「ラタン・チェア」

没してなお、世界に名を残す先達の活躍は、日本人の誇りであり、私のやる気を奮い立たせてくれる。ありがとう!!
それにしても、柳宗理と共にジャパニーズ・モダンデザインの礎を創った剣持とノグチのコラボレーション企画が生み出したこの竹椅子。なんとか一般向けにも生産して欲しいものだ。(私は買うよ!!)

バタフライ・スツール

柳宗理の代表作
「バタフライ・スツール」
(右源太・和室洗面所)

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