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店主コラム

2007年 5月 7日

「年中行事」

貴船の川床

貴船の川床

初夏 新緑の美しい季節になりました。
5月5日は「端午の節句」の日であり、暦の上でも立夏=夏の始まりの日=ということになります。
鴨川、高雄、そしてここ貴船でも、“京の夏の風物詩”といわれている「川床」が始まりました。
館内の座敷も、冬の間使ってきた“囲炉裏付きの堀り炬燵”を閉まって、建具を取り払い、イス・テーブルを並べて初夏仕様に衣替えしました。

茶室では、春先から使っていた“釣釜”を片付け、立冬の頃に開いた“炉”の灰を上げて蓋をし、畳を入れ替えました。
そして、半年間仕舞ってあった風炉釜を取り出し、風炉用の灰を入れて茶室の隅に置きます。

炉を仕舞って風炉釜を置きました

炉を仕舞って風炉釜を置きました。
掛け軸はチマキの絵に“五月晴れ“
風炉は朝鮮風炉
花は菖蒲です。

これらはもちろん、「暑苦しさを感じさせないように」との工夫です。
風炉は鎌倉時代初期に中国から招来したもので、本来の用途は仏殿などの正面に置かれる大香炉でした。茶人はこれに切り合わせの鉄釜を作らせて、茶の道具として使い始めたそうです。
ちなみに、“琉球風炉”は沖縄とは関係無くて、立休庵(りゅうきゅうあん)=利休に最初にお茶を教えた人=が所持していた事からその名が付いたそうです。また、“朝鮮風炉”も朝鮮半島とは関係無くて、“琉球”に対して“シャレ”で名付けられたという事はウソのようなホントの話です。
それにしても、風炉に入れる“灰”という物は、大変な代シロモノで、その“灰”の入れ方=灰の形=も通常3種類あって、さらに“撒き灰”や“掻き揚げ灰”等、腕利きの左官屋さんでもてこずるのでは?と思われる程、特殊で高等な技術を要求されます。
そして、この“灰”その物の作り方に至っては、想像を絶する!!といっても過言ではないほどの手間と時間がかかる物です。これについては、いずれ改めてご紹介したいと思います。

風炉の灰

風炉の灰
これは一文字灰という形です。

さて、文頭にも書きましたように、5月5日は“端午の節句”ですね。
この日は、もともとは女の子のお祭りだったそうです。若い娘が「五月忌み」といって、“田”の神に対する女性の厄払いをする日でした。これが男の子の祭りになったのは平安時代からで、節句で使われるショウブが、武事を尊ぶ「尚武」や「勝負」に通じるというところから、男の子を祝う行事に変わっていったそうな…
この時期、献立にはチマキや柏餅が欠かせませんが、チマキの語源は、5月5日に亡くなった楚の詩人・屈源の為に、竹筒に米を入れて供えたところ、屈源の霊が現れ、「米を龍に取られてしまうから、竹筒ではなくて、龍が嫌う“チガヤの葉”で巻いて欲しい。」と言った事から来ているそうです。
また柏餅は、柏が新しい葉が生えないと古い葉が落ちない事から、後継ぎが絶えないように、との願いが込められているそうです。

季節の移り変わりを楽しみ、様々な行事やしきたりを置いて、日々の暮らしに変化と潤いをもたらす日本人の感性は、本当に素晴らしいですね。

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